ストーリー

私たちの漁業の伝統は、国民の誇りの源です。アイスランド人の誰もが漁業とつながって生きています。

漁師たちはアイスランドの海だけでなく、世界中の海で漁を営んできました。弊社は、栄養豊富な海の幸を食卓に届け、お客様の健康の源になるように努めています。

今日のシーフード業界では、手法が変わり、テクノロジーも進歩しました。しかし、私たちの持続可能性に注ぐ努力と誠実さは、今までにも増して必須となっています。環境にやさしく、同時に、効率的な捕獲方法と処理方法を運営し、北西洋から最も高品質の海産品をお客様へ提供いたします。

アイスランディックジャパン、アイスランディック・チャイナの遍歴

1942

IFPC発足

1940年代に入って冷凍・加工の新技術が開発され、冷凍魚介類の生産量が急増した。しかし、第二次世界大戦が始まると、輸出は停滞し、市場は閉鎖され、スペインやポルトガルには少量の塩漬け魚が売られるだけとなった。そんな中、1942年2月22日にアイスランドの水産加工業者が集まってIFPC(アイスランド冷凍工場株式会社)が設立された。アイスランド政府は、IFPCが扱った冷凍魚はすべてイギリスに販売するという協定をイギリス政府と結んだ。協定は毎年批准され、更新された。IFPCの先駆者であり創設者であるアイナー・シグルズソン(IFPCの初代会長)、オラフル・フィヨルザーソン、エリーアス・フィヨルスタインソンの3人は、終戦時にはアメリカ市場への魚の販売を開始していた。

1942

1945

米国にコールドウォーター・シーフードが発足、アイスランドのブランドが初めてアメリカ市場に登録される

アメリカ市場に売り出される前に、アイスランドは ヨン・グンナルソン氏を起用して、北アメリカのビジネス基盤を作らせました。コールドウォーターは IFPCによって創設され、販売と宣伝を担う大事な会社と成長していきます。高品質が特に大事な要素とされ、新しいブランド「アイスランディック」が生まれました。大きな協力関係がコールドウォーターとIFPCの間には存在し、後者は独自の品質管理と技術部門を創設し、海産加工会社たちをサポートしていくようになります。それには、質の向上だけでなく、作業過程の変化と向上も含まれていました。このアイスランディック・シーフード・サービス部門は、現在も、アイスランディック・ジャパンとアイスランディック・チャイナにおける品質チェックと品質管理の責任を担っています。それぞれの年に、様々な国に、 IFPC は子会社を創立しています:英国 (1956)、ドイツ (1981)、フランス (1989)、スペイン (1996)。
1945

1967

日本に初めて輸出されたカラフトシシャモ

初めてカラフトシシャモが日本向けに販売されたのは1967年でした。日本におけるシシャモの捕獲量が急減して、それに代わる商品が市場に必要だった時、日本にカラフトシャシャモを提供したのはアイスランドでした。初めに5トンのサンプルが送られ、翌年、日本からの輸入業者が500トンのカラフトシシャモを買い上げました。1967年以来、日本に大量のカラフトシシャモが販売され、今では、アジア圏の様々な国に市場に売られています。
1967

1971

最初のししゃもっ子

ししゃもっ子(カラフトシシャモの卵)のサンプルは簡素な状態で用意され、東京に送られました。そのあとすぐに、200トンの冷凍ししゃもっ子が注文されました。カラフトシシャモと同様、ししゃもっ子の輸出を日本にはじめたのはアイスランドなのです。1971年以来、この関係は続いています。
1971

1985

アカウオの爆発的人気

深海魚であるアカウオの日本への販売は徐々に起こったのですが、約5年ほどかかりました。そして、1985年に爆発的人気がはじまり、アイスランドから日本への輸出が急増します。それ以降、アカウオは、日本向けの大事な商品となっていきます。
1985

1989

IFPCS販売代表事務所が東京に設置される

アジア圏にビジネスの機会が増えていくに従って、アジア市場の近くに居る必要が出てきました。時差と距離は障害になってしまうからです。1989年、ヘルギ・ソウルハルッソンが東京IFPCS販売代表事務所の初代マネージメント・ディレクターに任命されました。1990年11月15日、IFPCがアイスランデック・ジャパン KKを創立し、ソウルハルッソンがマネージメント・ディレクターになりました。それ以来、アイスランディック・ジャパンは、日本、中国、台湾、韓国、タイなど、アジアの大事な市場に販売し続けています。1990年初期から、アイスランディックは、中国と台湾の新しい市場に、グリーンランド・ヒラメの販売を開始しました。
1989

2004

アイスランディック・チャイナが中国の青島に創立される

2004年1月、アイスランデック・チャイナが中国の青島に創立されました。一番の目的は加工製造で、アイスランデック・ドイツ、アイスランディックUK、アイスランディックUSA、アイスランディック・スペイン、アイスランディック・フランスの製造者がスケトウダラ、アカウオ、タラ、サケなどの魚を中国に送り、EU市場、日本、米国向けの製品として加工した。2010年、アイスランディック・チャイナは中国との貿易は活発に開始しました。地元に消費に焦点を当てました。中国は世界第二位のシーフード市場です。年々、ビジネスは増え続け、現在では、ヨーロッパやアメリカ市場以上の需要があります。2015年、アイスランディック・チャイナは、地元の済南魚市場に直接、販売を開始しました。
2004

2005

IFPCがアイスランド・グループに

2005年にIFPCが「アイスランディック・グループ」にリブランドしました。
2005

2006

アイスランディックジャパンがししゃもっ子の直接販売を日本以外のアジア市場に開始する

2006年以前も、中国と台湾の輸入業者は、アイスランディックのししゃもっ子を日本の輸入業者から買うことを好んでいました。品質が確実だったからです。2006年の事業拡大は画期的な出来事でした。
2006

2014

アイスランディックジャパンが日本市場向けのアイスランデックのサバの加工を中国で開始する

アイスランディックのサバを中国へ輸出し始めました。もちろん、加工されて、日本市場に出される商品であるので、厳しい品質管理が行われています。
2014

2015

ブリム(現在のÚtgerðarfélag Reykjavíkur hf.)がアイスランディック・ジャパンを買収する

企業であるBrim hf.(ÚR)社がアイスランド・アジア社を買収し、水産物のサプライチェーンを強化しました。これにより、アイスランドは生産者が所有するという本来の所有形態に戻り、漁獲から加工、販売、マーケティングまで一貫した垂直統合型のチェーンの一部となったのです。
2015

2019

ブリム社(旧HB Grandi hf.)がアイスランディック・ジャパンをÚRから買収する

アイスランディック・ジャパンがアイスランドで最も大きいシーフード製造者ブリム社に買収されました。この買収によって、ブリム社はアイスランドで重要な、アジア圏内で活動するアイスランディックの製造者たちのグループに加入することになります。アイスランディック・アジアは、IFPCの創立者たちのヴィジョンに誠実であり、最高品質のアイスランデックと北大西洋のシーフードを世界市場で販売することを約束します。

2019
THE WORLD OF Icelandic Today(アイスランドの今

検索